#
“
以前は、ネット掲示板は公共の場所であるという意識が強くありました。そこに書き込まれた質問も答えも、公共の財産であるという認識です。質問に答える人は、質問をした特定の人のために行動しているのではなく、将来同じような質問をすることになるであろう多くの人のために行動しているのです。そういう前提があるからこそ、「自分で調べろ」と言いたくなるわけです。せっかく後の人たちのために膨大な情報を蓄積したのに、それを全然活用しないわけですから。誰も過去の情報の蓄積を調べようとしないなら答える意味がなくなってしまいます。岩田宗之「議論のルールブック」 P.75
最近では、「自分で調べろ」と言われることを先回りして、「調べても分からない」と言い訳するケースも増えてきました。しかし、この言い訳は的外れです。答える人にとっては、質問者が満足するかどうかは実はどうでもいいことなのです。答える人にとって重要なのは、その質問と答えに一般性があって、質問に答えることが公共の財産になるかどうかです。もし自分も過去に同じようなところでつまづいた経験があり、今後同じような質問をする人がたくさんいると予想されるならば、その質問に答えることには大きな意義があります。しかし、見知らぬ誰かの利益にしかならないようであれば、わざわざ答える気にはなりません。 質問者もそれを理解して、一般性のある質問をするべきです。何がわからないのかを整理して、同じようにつまずく将来の誰かのために質問をしなくてはなりません。例文のAさんのような個人的な質問では、皆の利益となる答えは期待できません。
質問者は、もらった回答を最後にまとめて、後々の人が参照できるようにしなくてはなりません。これによって、質問者は自分の利益を得るだけでなく、公共の財産づくりに貢献できるのです。
This was posted 1 month ago. It has 1 note.
-
ikb posted this